11月16~17日、長泉寺杖心会は、表題の巡礼を奉修しました(参加23名)。
今回の旅は、我が国に古くより続く「神仏習合」に関連して「日本酒」、「清酒」のルーツを訪ねることを目的に、大阪府河内長野市の天野山金剛寺様、さらには奈良県奈良市の菩提山正暦寺様、桜井市の大神神社様などを参拝しました。
天野山金剛寺様は、かつて長泉寺の住職であった泉(旧姓)光俊師が入寺され、当時の天野山座主(住職)・曽我部俊雄師(金剛流御詠歌流祖)の後嗣として曽我部姓を継承、後に同山第77世座主となられたという法会があるお寺です。 また、前座主の堀智範猊下には、長泉寺中興40周年(平成11年)の際に総本山仁和寺第47世御門跡として御親教いただき、さらには開山500周年大法会(平成21年)でも御導師をお勤め賜りました。
金剛寺は、南北朝時代の武将楠木正成にゆかりがあり、南朝の行宮(天皇の仮住居)が置かれるなど、歴史的に政治の重要拠点でもありました。加えて鎌倉期より僧坊酒「天野」という澄酒が造られており、それは太閤秀吉が愛飲するなど時の武将たちに大変な人気を博したと伝わります。同山境内にそびえる多宝塔(重文)は平安期のもので、大阪府下最古の木造建造物となっており、その他にも現存最古の写本『延喜式神名帳』(国宝)や、『六曲屏風 紙本著色日月四季山水図』(国宝)など、数多くの文化財が保存されます。それは比叡山や根来など、戦国期に焼き討ちに合う寺院が多い中で、「天野が飲めなくなると困る」という理由で戦火をすべて免れたからでした。
杖心会一行は、金剛寺到着後まずは先師霊廟へお墓参りをし、般若心経、並びにご詠歌を奉納。続いて本尊大日如来・不動明王・降三世明王(いずれも国宝)を祀る金堂(重文・鎌倉期)でご法楽を捧げ、堀智真座主様よりご法話を賜りました。
その後、天野酒製造元の「西條合資会社」で昼食、並びに酒蔵見学。その日の夕方には奈良市内へ移動し、夜は楽しい親睦会を持ちました。 翌日は早朝より東大寺(今回は特別な許可をいただいて真言院様も内拝)、興福寺を参拝した後、今旅の目的の一つである菩提山正暦寺へ参りました。
菩提山真言宗の大本山である正暦寺は、「日本清酒発祥の地」として知られる寺院です。
神仏習合が深まった室町期、同山僧侶は山内に祀られる神や天部に供えるため、「菩提泉」という清酒を醸造しました。同酒は、「菩提酛」と呼ばれる醸造法で、現在の日本酒造りの原点とも言われています。 岡山の人は「菩提酛」の名をしばしば聞くことがあるかと思いますが、それは真庭市勝山にある辻本店(「御前酒」で有名)様が菩提酛でお酒造りをされているためでしょう。現在、奈良においても現地の各蔵元が力を合わせ、かつての造り方と同様の醸造法で菩提泉を復刻しています。
一行は正暦寺塔頭の福寿院客殿で同山大原弘煕執行長様よりお寺の歴史と菩提泉についてお話を賜った後、本堂前でご法楽をあげさせていただきました。紅葉に染まる境内は大変美しく、心地よい参拝となりました。
昼食後は今旅の最終地である大神神社へ。
古来より神の山として信仰を集める「三輪山」に鎮座する大神神社は、「古社中の古社」、即ち我が国最古の神社と伝承されます。杉の木がご神木(三諸杉)で、よく蔵元の軒先につるされている杉玉も、三輪山が発祥です。
ご祭神の大物主神は国家の守護神でもありますが、『日本書紀』には、杜氏の高橋活日命が天皇への献酒する際に「この神酒は 我が神酒ならず 倭なす 大物主の 醸みし神酒 幾久 幾久」と詠んだとあり、酒造りの神としても信仰されています。大物主神のご神力が美酒を造ったことから、現在も全国の酒造者やメーカーが多くお参りされています。
また近世まで大御輪寺という神仏習合の神宮寺があり、その本堂は現在、同社の若宮「大直禰子神社」拝殿となっています。明治期の神仏分離令によって、本尊十一面観音像は近くの聖林寺へ、日光月光両菩薩像は正暦寺へ移されました。鎌倉後期より、真言宗の影響が極めて強い「三輪流神道」が盛んだった同地では、「神道護摩」や「神道灌頂」など、神道と仏教がほぼ完全に習合した儀式も行われていました。
我々一行は、大神神社本殿を参拝した後、同社の神官様より解説をいただき、旧大御輪寺本堂である大直禰子神社へもお参りをしました。
我が国古来の宗教性や文化に触れ、楽しくも学びの多い参拝となりました。ご参加いただいた皆様にはありがとうございました。