第14回「平和の鐘を鳴らそう!」

8月15日、岡山ユネスコ協会主催による「平和の鐘を鳴らそう!」が当山で開催されました。

まず、ユネスコが提唱し国連で採択された「わたしの平和宣言」を、環太平洋大学の中岡さんが朗読し、参加者全員で復唱。

1、「すべての人の生命を大切にします」

2、「どんな暴力も許しません」

3、「思いやりの心を持ち、助け合います」

4、「相手の立場に立って考えます」

5、「かけがえのない地球環境を守ります」

6、「みんなで力を合わせます」

正午を迎え、私たち僧侶が「般若心経」を読誦する中、みんなで鐘を鳴らし、すべての戦争犠牲者を追悼するとともに、平和への願いを響かせました。

その後、会場を本堂に移し、広島平和文化センター被爆証言者・岡田恵美子さんに、ご自身の被爆体験、戦争の悲惨さ、核の無い未来への想いなど、大切なお話をいただきました。

個人的に特に印象的だったことは、「広島ってヤクザ映画が有名でしょう?なんでだと思う?」という私達への問いかけでした。

「広島に原爆が落ちた後、本当に多くの戦争孤児が生まれ、彼らは親のいない中、辛い環境で、勉強もできず、それでも必死に生きた。そして、闇の世界へと足を踏み入れていったの。」

 

胸が締め付けられる思いがしました。

何気なく過ぎていく毎日。それがどんなに幸せなことであるか。

戦争は、戦闘終結ですべてが解決するような簡単なものではない。未来に無量の代償を残し、それは取り返しがつかない。

今、日本を戦争のできる国に変えようとしている政府に対して、私たちはしっかり言葉を発し、行動を取っていかなくてはいけません。9条改憲、拡大解釈、絶対に許してはならない。

 

最後に、3.11福島第一原発事故により埼玉県から岡山へ母子避難されている蛯名宇摩さんの津軽三味線演奏。

本当に力強く、素敵な演奏で、迫力満点でした。また、娘さんも一生懸命合いの手を入れたり、太鼓をたたいたり、とても可愛らしい!

早くお父さんと一緒に暮らせる日が来ますように・・・。

 

また、商業電源(一般電源)と、自給電源(自家発電)の電気とでは、音の質が違う!という実験も行われ、みんなで違いを聞き比べました。

と、いうのも、この日の音響電源は、福島県川内村から岡山へ避難されている大塚尚幹さんによるソーラーエネルギーシステムで、とってもクリーンな音だったのでした。

大塚尚幹さんは自エネ組(自給eネルギーチーム)の備前代表、子ども未来・愛ネットワークの副代表でもあります。

学び多き、祈りの一日。

 

「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから。」

とは、広島平和公園慰霊碑に刻まれている言葉です。

過去に学ばないものは未来を築けません。

私達は今一度、過去の深い反省に立ち返ることが必要です。

かの大戦で亡くなられた無数の方々の無念たる想いに心を寄せ、また、3.11東日本大震災および福島原発事故により今なお苦しみを抱える方々の声に耳を傾け、我々は一体どう生きたら良いのか、しっかりと考えなくてはいけません。

「こんな素敵な世界を作ってきてくれてありがとう」

と、子ども達に言われるように、未来に責任を持って、日々頑張っていきたい、と思います。

 

檀信徒合同盆供養法要

8月15日、午前9時より、「檀信徒合同盆供養法要」が本堂で行われました。

最初に、お盆の由来や過ごし方などについて、光研名誉住職から話があり、

その後、皆さまが持って来られたお位牌を本尊薬師如来様の前に安置し、お盆の祈りをいたしました。

参加者の皆さまにとって、今は亡き最愛の方々の菩提と、ご先祖様倍増法楽をご祈念いたしました。

 

お盆がやって来ました。

今年もお盆がやってきました。

皆さまも各ご家庭でお盆の準備をされていることかと思います。

当山では、8月1日から14日まで各お宅を訪問し、ご仏壇や祭壇前で理趣経、阿弥陀如来根本陀羅尼、光明真言、ご宝号をお唱えします。

できればゆっくりと皆さまとお話しながら行きたいのですが、限られた時間の中で参らなくてはなりませんので、それが叶わず申し訳ありません。

ご無礼多々あろうかと思いますが、何卒ご容赦下さいますよう、よろしくお願いします。

8月15日(木)午前9時からは「檀信徒合同盆供養法要」が当山本堂にて行われます。

時間が合わずお留守をされた方、永代供養をされている方、遠方でお参り出来なかった方など、この機会にご来山くださいますようご案内申し上げます。その際にはぜひお位牌をご持参ください。

暑さ厳しいですので、どうか熱中症などお気をつけてお過ごしください。

どなたでも参加できます。

白須賀観音夏まつり

7月17日、毎年恒例の白須賀観音夏祭りが当山境内にて奉修されました。

1707年、時の池田藩主綱政公が参勤交代で江戸に赴かれた帰り、東海道五十三次32番目、現在の静岡県湖西市白須賀にて、公の夢枕に千手観音が立たれ、「すぐに逃げよ」と告げられました。

そして宝永の大震災が発生。白須賀の土地は津波により壊滅。

難を逃れた公は帰郷後、後楽園に慈眼堂を建立、千手観音像を祀られました。

ご縁があって現在は当山観音堂でお祀りされています。

去年のことですが、そのことが山陽新聞で紹介されました。

今年も、東日本大震災で亡くなられた方々へ想いを馳せ、その御冥福を祈りながら、今後必ず起こると言われている南海トラフ地震を含め、天災から我々を護っていただきますように、また願主それぞれの家内安全、息災延命、心願成就、等々、お祈りをさせていただきました。

法要後は、参加者各人が歌や踊りを奉納!

和讃会ゴスペラーズと松原徹さん

 ヒーローズ歌舞鬼団の皆さん

高島屋前のカリスマ・佐藤アキラさん!

皆さんホントにパワフルで、素晴らしいひとときを過ごさせて頂きました!

総代、世話人様はじめ、ご協力くださいました関係者御各位には心より感謝を申し上げます。ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡山県同宗連30周年記念「佐々井秀嶺師講演会」

6月17日、サンピーチOKAYAMAにて、インド仏教界最高指導者・佐々井秀嶺師(インド名:Arya Nagarjuna Syurei Sasai)の講演会を開催しました。主催は、同和問題に取り組む岡山県宗教教団連絡会議(岡山県同宗連)、共催には岡山県仏教会。約80名のご来場をいただき、盛況に終わりました。ご協力くださいました御各位には、この場をお借りして深く御礼申し上げます。

佐々井師は、1935年岡山県新見市で生まれ、ひたすらに悩み苦しみ、もがきのたうちまわりながら青年期を過ごし、東京は真言宗高尾山薬王院にて出家。強烈な個性と求道の精神をもって渡印したのが1966年。以来、インド民衆に寄り添い続け、カースト最下層・不可触民解放に捧げる人生。現在、1億を超えるといわれるインド仏教徒の自立、成長を成し遂げられて来られました。

その活動はまさに「革命」と言って差支えない偉業であろうかと思います。閉会の辞にて、前岡山県仏教会会長の漆間宣隆御上人(浄土宗浄土院ご住職)が「規格外の僧侶」と表現されましたが、それほどまでの圧倒的な存在感。そう簡単に真似できるものではありませんし、もう二度とこのような仏教者は現れないかもしれません。

 

ただ、私が少し思ったのは「この佐々井師のお話が、どれほど日本人、日本仏教徒の心に届くのだろう」ということ。

インドの大地で叫び続けてきた78歳のお声は、相当にしわ嗄れておられます。初めての人は聞きとるだけでも難しい。命を懸けて戦ってこられた証でもありますが、かすれ切ったそのお声は、インド仏教徒の「あまりにも日本の常識からはかけ離れた状態」を象徴しているかのようです。

師があまりにも遠い境地に立っておられるがために、数時間の話を聞くだけでは私たちにはわかるわけがない。初めての人は敬遠してしまうかもしれない。

なんだかそんな不安を感じました。

 

この仏縁に恵まれたことを感謝いたすとともに、皆さまにはどうか、佐々井師をもっともっと知っていただきたいと思います。

「仏教の何たるか」が、そこにあります。

「狭山事件」石川一雄さんのお話

私は、岡山県同宗連(同和問題にとりくむ岡山県宗教教団連絡会議)の総務部会で近年お手伝いをさせていただいていますが、その同宗連が今年で結成30周年を迎えました。

6月7日行われた第30回研修会では、1963年に埼玉県狭山市で被差別部落出身の青年が少女を強姦した上に殺してしまったという「狭山事件」で、現在もなお冤罪と戦っている石川一雄さんを講師にお迎えし、50年におよぶ不当逮捕についてお話を伺いました。

私も昨年、狭山市に行って事件が起こった現地を歩き、検察の主張との食い違いを確認するとともに、検察庁、最高裁を訪れ、キチンとした証拠の開示、再審を行っていただくように訴えてきました。どうか石川さんの無罪が証明され、この世から少しでも差別、冤罪が減ることを願っています。

 

佐々井秀嶺師御来山

6月4日、現在1億を超えるといわれるインド仏教徒を導いておられる佐々井秀嶺師が御来山されました。

佐々井師は、平成21年5月に行われた長泉寺開山500周年記念法会のときに44年ぶりに帰国され、「もう二度と日本には戻らない」といわれインドに帰られましたが、2011年3月11日東日本大震災が発生。いてもたってもいられないと、もう一度帰国されたのが同年の6月。以来、同じ時期に毎年帰られています。

今回は、6月17日(月)に岡山県同宗連30周年記念講演会@サンピーチ岡山、また21日(金)長野県善光寺にて説法会でお話されるとともに、全国の支援者の方々へご自身の活動やインドの現状報告をされてまわられています。

皆さん、善光寺はちょっと遠いですが、6月17日のサンピーチ岡山での講演会にはぜひお足をお運び下さい。

できればその前に『破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~』(山際素男著・光文社)http://www.amazon.co.jp/dp/4334034772#_を読んで、佐々井師を知ってください。当山にも置いてありますので、よろしくお願いします。貸し出しもします!

 

長泉寺第25世住職秀昭和尚本葬

6月2日午前10時半より、長泉寺第25世秀昭和尚の本葬儀が、玉野市北方・中蔵院本堂にて執り行われました。

皆さまにはご多忙中にも拘わらず、御鄭重なるご弔問、ご香資を賜わり、有難く御礼申し上げます。

導師 東嶽院龍乗院住職 多田龍昭僧正

法嗣 真福山中蔵院副住職 浅浪康紹僧正

一、入堂

一、三礼

一、奠供

一、理趣経

一、焼香

一、歎徳文

一、不動讃

一、弔辞

  高野山金剛講中国連合本部長 津守密乗僧正

  葬儀委員長 中蔵院総代長 国西一紀氏

一、御詠歌『追弔和讃』奉詠

一、後讃

一、弔電披露

一、諸真言・回向

一、謝辞

  親族代表 宮本光研(長泉寺名誉住職)

  中蔵院総代 藤原正男氏

以上

 

大僧都 宮本秀昭 和尚 略歴

昭和9年3月24日生 父・宮本宥中 母・千鶴の長男

高野山大学卒業

昭和31年 小豆島西光寺にて得度(師僧・宥玄大僧正)

高野山金剛峯寺より度諜拝受

西光寺道場にて四度加行成満

高野山にて伝法潅頂入壇

昭和35年 中蔵院住職就任

昭和37年 長泉寺住職就任(昭和52年退任)

福寿院、瑞泉院、明王院を歴住

高野山金剛講 岡山東部連合支部総監

高野山金剛講 山陽地方本部総監(平成22年まで在住)

人権擁護委員(昭和59年~平成18年)

人権擁護委員、法務大臣表彰受賞

平成25年5月30日 世寿80歳(法﨟58歳)にて遷化

長泉寺第25世住職 宮本秀昭師 ご遷化

当山第25世住職宮本秀昭師(80才・中蔵院現住職)が、5月30日午前、ご遷化なされました。

就いては、下記要項にて葬送の儀が執り行われます。

 

記

通夜 6月1日(土)午後6時より

葬儀 6月2日(日)午前10時半より

於 中蔵院本堂(玉野市北方1470)

法嗣(喪主) 浅浪康紹師

宮本秀昭師は、23世秀禅師、24世宥中師の亡き後、昭和37年より15年にわたり、当山第25世住職として護寺伝法に勤められました。特には、高野山金剛流ご詠歌への貢献は多大であり、最盛期には高野山金剛講山陽地方本部総監として300名近い講員を率いられました。また、各地霊場巡拝も盛んに行われ、檀信徒教化に勤められました。

万灯万華供養会「本尊祭」

5月5日~8日まで万灯万華供養会が行われ、8日結願には岡山市内結衆寺院様ご参集の下「理趣三昧法会」が行われました。

10:30 献茶式(長泉寺表千家茶道部・大熊峯子さん)、献花(長泉寺御室流華道教室・宮本依子さん)

10:40 高野山金剛流ご詠歌『万灯万華和讃』、『いろはうた』、『長泉寺本尊薬師如来』、『金剛』奉納(長泉寺支部ご詠歌会)

11:00 和讃『熙怡微咲(きいびしょう)』、「ひともし花供養』奉納(長泉寺和讃会ゴスペラーズ)

11:10 高野山宗教舞踊『万灯万華和讃』奉納(森本八重子さん、西川昌子さん)

11:20 記念講話「見えないから見えたもの~私の歩んだ道~」

講師:竹内昌彦先生(岡山県立盲学校)

13:15 万灯万華供養会「本尊祭」結願法要「理趣三昧法会」

おかげさまを持ちまして、無魔成満することが出来ました。本当に祈りに祈った日々でした。有難かったです。どうか、ご本尊薬師瑠璃光如来さまの御医光が広がり、人心を助け、この世平和でありますよう。

皆さま、ご協賛ありがとうございました。

合掌九拝

龍門