佐々井秀嶺師御来山6/9

インド仏教界の頂点に立つ佐々井秀嶺師が6月9日、当山へお越しになられました。

インド・カースト不可触民「ダリット」と呼ばれる階層の出身でインド初代法務大臣となったB.アンベードカル博士の仏教復興運動、並びに「触れることも見ることも汚らわしい」と劣悪な差別を受ける不可触民層一億人の人々を救済、解放する運動を主導される佐々井師は、私ども僧侶にとってはカリスマのお一人です。

84歳になられる現在も第一線でご活躍で、定期的に大規模な仏教改宗式を行われているほか、大乗の祖・龍樹菩薩が『大日経』・『金剛頂経』を金剛薩埵から伝授されたとされる「南天鉄塔」の発掘作業、さらには、ブッダが悟りを開かれた聖地・ブッダガヤ大菩提寺の管理権をヒンドゥー教徒から仏教徒に返還を求める運動(現在、大菩提寺はインドゥー教が管理主体)を1992年から続けられ、2012年には原告としてインド最高裁に提訴し、その支援を日本の仏教徒にも求めていらっしゃいます(下記に佐々井師が全日本仏教会に要請した文章を掲載していますのでぜひご一読下さい)。

この度、当山開創500周年(平成21年)の際にインド・ナグプールから請来した「必生不動尊像」の請来10周年記念法会を佐々井師を招いて奉修するとともに、本堂で佐々井師の特別講演会を開催し、満員のご来場をいただきました。

半世紀にわたってインドの大地で叫び続けてこられた佐々井師のお声は相当にしわがれており、聞き取りづらいことも多々あるのですが、今回はご体調も良いのかひじょうに聞き取りやすく、そして相変わらずのとても力強い講演でした。ありがとうございました。

佐々井師を支援する「南天会」(ホームページ⇒https://www.nantenkai.org/)、並びに「ブッダガヤ大菩提寺奪還運動」へのご協力をいただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

【ブッダガヤ⼤菩提寺管理権返還に向けて協⼒・⽀援のお願い】

世界の仏教徒の根本道場であるインド・ビハール州ブッダガヤの⼤菩提寺は、釈尊成道の現当地にして地上唯⼀の聖跡であります。釈尊が禅定に⼊られた菩提樹を記念してマウリヤ朝アショーカ⼤王の時代に⾦剛宝座が設けられ、歴代の王朝もその跡を尊び⼤菩提寺として伽藍が整えられました。7 世紀にブッダガヤを訪れた⽞奘三蔵は現在とほぼ同じ⾼さの⼤塔を拝しています。仏法の伝わった国々では、近き⼈は巡礼に赴き、遠き⼈は思いを馳せて世尊の遺跡を偲びました。成道より凡そ1700年、この地は法輪の軸として世界の仏教徒の中⼼地点でありました。

しかし13 世紀初頭イスラム軍の侵攻によって、インド各地の仏教寺院は破壊され、多くの僧尼が殺されて仏教は壊滅状態となり、⼤菩提寺は破壊から免れるため⼟に埋めて隠されてしまいました。そして仏教徒のいなくなったインドで、その存在は忘れ去られてしまいました。

1880年、インド考古調査局⻑官アレキサンダー・カニンガムは⼤菩提寺の位置を特定し⼤規模な発掘を⾏い、600年の時を超えて⼤塔はその姿を現しました。諸国の仏教徒は、ブッダガヤを訪れ再び⾦剛宝座に額き⼤塔を拝しました。ところがブッダガヤの地はヒンドゥー教バラモンのマハンタ⽒の取有するところとなっており、境内ではヒンドゥー教の供儀が⾏われ、仏像は持ち去られ諸王朝の寄進した塔や精舎は破壊の危機に瀕していました。

1892年スリランカの仏教者、アナガーリカ・ダルマパーラ居⼠はこの状況を憂慮し、⼤菩提会を設⽴して⼤塔の仏教徒への返還運動を開始しました。当時の⽇本仏教も印度仏蹟興復会を結成してこの運動に協⼒し、各国の仏教徒も様々な働きかけを⾏いました。

1947年インド独⽴後、インド政府はブッダガヤを国際的な仏教の中⼼地とする⽅針を⽰し、1949年ブッダガヤ寺院法を制定して管理委員会を発⾜させ、⼤塔の管理権はマハンタより管理委員会に移譲されました。しかしこのブッダガヤ寺院法では委員9名の構成の内、必ずヒンドゥー教徒が過半数を占めるように規定されており、実質はヒンドゥー教優位の管理体制が認められていることになります。これがゆえに私たち仏教徒にとっては容認しがたい様々な不合理が⾏われ、現代にいたるまでその問題は続いています。

1956年10⽉14⽇、インド共和国憲法起草者ババサーヘブ・アンベードカル⼤菩薩はインドに根強く残るカースト差別のくびきから脱するために中央州ナグプールに於いて、60万⼈の被抑圧階級⺠衆と共に仏教に改宗しました。これよりインド仏教は復興の烽⽕を上げ、⾃由と平等と博愛の実現の為、法の実践の道を歩み始めました。私は⽇本に⽣まれましたが、釈尊の説かれたこの道を進む道程で、貧しくも前を向いて歩み始めたインド仏教徒の⺠衆に出遭い、共に歩む決⼼をしました。同じものを⾷べ同じところに暮らし、改宗式や仏教⾏事を執り⾏い、仏教徒を組織して様々な社会運動を⾏ってきました。そして多くの⼈々の協⼒によりインド国籍を取得しインド⼈となりました。アンベードカル博⼠の改宗から60年、今やインドの仏教徒はその数を⼤いに増しつつあります。

ここにおいてインド仏教徒⺠衆は、⾃らの信教の根本聖地であるブッダガヤ⼤菩提寺が他教徒優位の管理下にある状況を憂慮し、1992年、インド政府、ビハール州政府、ブッダガヤ寺院管理委員会に対し、⼤菩提寺管理権の仏教徒への返還を求める運動を開始しました。私たちはあらゆる平和的⼿段により様々な運動を展開してまいりました。⾸都デリーやブッダガヤに向けてのデモ⾏進や断⾷や座り込みなどの運動を敢⾏し、インド政府⼤統領やビハール州⾸相に嘆願書を提出し、国連事務総⻑に書簡を送り、パリのユネスコ本部やジュネーブの国連⼈権⾼等弁務官事務所を訪れてこの問題の国際的な関⼼を提起しました。25年以上にわたる私たちの運動は、ブッダガヤの状況改善に⼤きく寄与しています。しかしその根本的な問題である⼤菩提寺管理権は、依然として1949年ブッダガヤ寺院法を適⽤したままの状態であり、我々の願いは未だ成就しておりません。

2012年、私はインド最⾼裁判所に1949年ブッダガヤ寺院法の廃⽌と新法の制定を求める裁判を提起しました。⻑らく継続審議となっておりましたが、本年7⽉本格審議が始まりいよいよ最⾼裁判決が下されようとしています。

この運動は、アンベードカル⼤菩薩を導師として⽴ち上がったインド仏教徒にとって、⾃らの存在を確⽴する⼈権運動でもあります。また世界の仏教徒にとっても、その根本聖地が抱える⽭盾の早期解決が望まれています。⽇本でもダルマパーラの時代から様々な⼈が関わり、私たちの運動に対しても臨済宗・⻩檗宗連合各派合議所、岡⼭県同宗連など多くの⽅々からご⽀援ご協⼒をいただいてきました。まさにその所願とするところは、ブッダガヤ⼤菩提寺管理権の仏教徒への完全返還にあります。⼤菩提寺管理権返還は、仏教徒がその根本聖地を取り戻す運動であり、ブッダガヤを中⼼に世界の仏教徒が結集し、⼈類に平和と共⽣を提⾔する仏教の未来に⼤きな貢献となるでしょう。是⾮この問題を正確に認識し、関⼼をもってご⽀援ご協⼒をいただきたいと思います。

どうか我が祖国である仏教国⽇本の皆様、同じ教えを灯とするインド仏教徒⺠衆と共に⽴ち上がってください。

1.インド政府、ビハール州政府、ブッダガヤ寺院管理委員会にブッダガヤ⼤菩提寺管理権返還の提⾔を⾏ってください。

それぞれ所属される宗派、本⼭、組織にてブッダガヤ⼤菩提寺管理権問題について協議し、インド当局が平和的決断を以て返還を実施するようアピールをお願いします。

2.裁判費⽤をご援助ください。

最⾼裁における⻑期の裁判には多⼤な費⽤が必要となります。是⾮ご協⼒をお願いいたします。

2018年 11⽉ 12⽇

ブッダガヤ⼤菩提寺全インド解放実⾏委員会

会⻑ アーリヤナーガールジュナ佐々井秀嶺

長泉寺寺子屋文化講座vol.24

昨日(5/23)、長泉寺寺子屋文化講座vol.24を開催しました(参加43名)。

テーマは、近世において多くの人が巡礼した「六十六部日本廻国」。

講師には、宗教民俗学を専門にされているノートルダム清心女子大学文学部教授の小嶋博已先生をお招きし、膨大な調査の中から興味深い実例をあげていただきながら、その詳細にせまりました。

六十六部とは、元来は大乗妙典、即ち「法華経」を全国(日本66ヶ国)の寺社に奉納するという名目で行われていた巡礼(最盛期時には阿弥陀信仰や地蔵信仰に傾倒)のことで、中世から近世にかけて盛んに行われていました。近年、御朱印が大流行りですが、西国巡礼や四国遍路をはじめ、それら巡礼の元祖にあたるのがこの六十六部です。

六十六部の遺構としては、その実践者の巡礼成満を讃える石碑や、道半ばで行き倒れた者の供養塔が今でも全国各地に残っています。岡山県内にも小嶋先生が調べたものだけで539基もあるそうで、全国では約10,000基に達します。が、これらも本来の数(未発見)の数分の一程度でしょうし、実践者のすべてに対して石碑を建てているわけではないでしょうから、実際にはとんでもない数の巡礼者がいただろうと思われます。国富の普門院(下写真)には、巡礼者への宿泊を提供(いわゆる「お接待」)した者を讃える石碑が現存しており、そこには実に一万人にそれを行ったことが記されています。仮に50年間にわたって実施したとしても、一年に200人の巡礼者に宿を提供した計算になるわけですから驚きます。

最盛期だった近世後期には、彼ら(講組織のようなものでしょうか?)も一定の力を持つようになっており、我が宗派の総本山仁和寺の裏山(成就山)にある「御室八十八ヶ所霊場」の整備工事も彼らが手掛けたようです。

岡山市内には、法界院(三野)や法萬寺(原)の墓地にも六十六部の石碑が残っているほか、ひょっとすると古い墓地にはまだ発見されていないものがあるかもしれません。

お墓参りの際に探してみるのもおもしろいと思います。

本堂修繕慶讃 中興六十周年記念大法会 結願

ご報告が遅くなりましたが、この度の本堂「瑠璃光殿」の修繕を慶讃し、当山の戦後復興60周年を記念する万灯会を、5月3日から8日にかけて開筵し、この度無事に成満いたました。

5日間全15座をお勤めする中、開白は大般若法会、中日には真言宗最尊の法会の一つでもある「大曼荼羅供」、結願には本尊薬師如来を念誦する呪立二箇法会を行い、檀信徒各家各霊、有縁無縁過去精霊の供養とともに、「令和」という新しい御代が平和で明るく、皆様が幸せに過ごせる時代となりますようにと、開扉された本尊薬師如来を御前に至心に修法させていただきました。

特に中日5月5日「大曼荼羅供」は、真言宗岡山結衆御寺院様をはじめ、当山とご縁の深い諸大徳各位にご助法いただくとともに、岡山市と友好都市である中国洛陽市より白馬寺様にご来駕賜り、さらにはたくさんのお稚児さん、楽人の皆様、御詠歌隊の皆様、総代世話人等の関係者皆様、そして檀信徒皆様ら300名ほどの方々にご参拝いただき、とても盛大で晴々とした法会を行うことができました。併せて午後には祝賀会を開催し、ご来場いただきました皆様と本堂修繕落慶、および当山の中興60周年を慶祝させていただきました。

お力添えいただきました全ての皆様に、心より御礼申し上げます。

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中興六十周年記念大法会結願供

慶讃文

敬テ真言教主大日如来 両部界会諸尊聖衆 殊ニハ當山本尊聖者医王善逝日光月光十二神将諸大眷属 鎮守弁才天 高祖弘法大師ヲ始メ真言法流ノ諸大阿闍梨耶 當山歴代尊儀檀越精霊等 尽空法界一切三寶ニ白シテ言サク

夫レ惟レバ 當山長泉寺ハ開山ヨリ五百年ノ間 真言陀羅尼宗ヲ伝持シテ 薬師十二浄願ノ妙薬ヲ以テ 此ノ地ニ檀越精霊ノ供養ヲ施スト共ニ 御室仁和寺ノ末寺トシテ滅罪生善 除災与楽ノ密法ヲ弘ゲル 

昭和ノ戦中戦後 一時ハ伽藍堂宇ガ荒廃スルモ 昭和三十四年ニ秀禅 宥中 両住職 檀信徒ト共に辛苦ニ堪ヘ 見事ニ當本堂ヲ再建シ 中興ヲ果タシタリ 

其レヨリ六十年ヲ迎エシ今般 本堂ガ再ビ経年老朽シ其ノ修繕乞ヒ願ワレル中 今一度檀信徒一丸ト成テ本堂大改修奉讃事業ヲ起シ 此ノ度無魔成満ヲ得タリ 

今爰ニ 本堂瑠璃光殿修繕ヲ慶讃シテ 五日十五座ノ万灯万華供養 中興六十周年記念大法会ヲ修行シ奉リ 本尊縁日ノ本日 當山法類ノ諸大徳ヲ屈請シ 総代一同 檀信徒等モ此ノ座ニ集ヒ 僧俗一体ト成テ本尊聖者ノ真言陀羅尼ヲ至心ニ念誦シテ 結願ノ法楽ヲ捧ゲ奉ル

回向スル処ハ 當山歴代尊儀倍増法楽 檀信徒各家各霊 並ニ有縁無縁過去精霊頓証ノ為也 

仰ギ願ワクハ 薬師如来ノ薬壺開キテ 瑠璃光輝ク妙薬弘ガリ 惑業煩悩ノ闇夜ヲ破シテハ 一切罪障皆悉消除 除病安楽寿命長遠セシメ給ワン事ヲ 

乃至 興隆密教 聖朝安穏 伽藍安全 諸人快楽 護持願主  無辺善願 決定圓満 

天下法界 平等利益

令和元年五月八日

   薬園山長泉寺第二十七世 山主 龍門 敬白

長泉寺中興60周年記念大法会

本堂瑠璃光殿修繕慶讃「長泉寺中興60周年記念大法会」が、いよいよ5月3日に開白しました。令和という新しい御代のはじまりに、檀信徒各家精霊の菩提はもとより、皆様の健康福寿、さらには国内外の平和と人々の安寧を至心に祈念するところです。

5日間15座を勤める万燈会初日には、真言諸大徳各位にご参集賜り、大般若法会を奉修しました。

そして明日5/5の中日には、真言宗最尊の法会のひとつである「大曼荼羅供」を稚児入練供養および庭儀、雅楽付というひじょうに荘厳なる装いを凝らして厳修仕ります。

大変貴重な機会ともなりますので、どうぞ多くの御方にご参拝いただければと考えております。

いのちの泉コンサート(4/7)を開催しました

長泉寺合唱団Coro Naga(コーロ・ナーガ)が初めて自分たちで企画した「いのちの泉コンサート」(4月7日開催)。

会場となった本堂が満員御礼、80名を超えるたくさんの方にお越しいただき、無事盛会に終えることができました。

さすが圧巻のステージングだった佐々木英代先生をはじめ、積み重ねてきた練習の成果を十分に発揮したナーガのメンバーみなさん、最初から最後までずっと弾きっぱなしだったピアニスト田尾弥生子さん、ゲスト奏者のフルーティスト藤巻奈緒子さん、元気いっぱいに歌ってくれた子どもたち、そしてご来場いただいた多くのみなさんに心より感謝申し上げます。

ナーガのパフォーマンスももちろんあるのですが、境内の桜がちょうど満開だったり、会いたかった久しぶりの方が来て下さったり、いろんな要素が組み合わさって、会場が「平和」で溢れているような、そんなグルーブに満ちていたように思います。

帰りの際、来て下さったみんなが笑顔でした。

やってよかったなぁと思いました。

「平和」という、とても壮大なものをテーマにしているナーガですが、実は音楽それ自体が「平和」というものの実現なんだなぁと実感しました。音を奏でて、うたをみんなでうたって、一緒に笑ったり泣いたり。音楽の力はホントにすごいです。

今年で結成4年目を迎えたナーガ。

すっかりステキな合唱団になりました。

新しいメンバーも随時募集していますので、ご興味のある方はぜひ一緒に歌いましょう。

半田山墓地の改善について、岡山市仏教会が岡山市に要望書を提出いたしました。

三日前のこと(3/28)になりますが、半田山墓地が管理者不在という問題によってひじょうに不安定な状態になっていること、特に同墓地中央を縦断する墓参道の著しい崩壊状態とその危険性について、大森雅夫岡山市長へこれの是正に取り組んでいただくよう、岡山市仏教会として要望書を提出いたしました(私は担当理事として当問題に取り組んでいます)。

大森市長からは、「同墓地は“財産区”ということで市としても扱いが難しいが、しかしネガティブな対応だけで終わってはいけない。市として出来る限り前向きに取り組んでいく」と、有り難い言葉をいただきました。

半田山植物園の西側に位置する半田山墓地(岡山市北区津島東三丁目)は、墓塔の数で言えばおそらく数万塔はあるだろう巨大な墓地で、多くの岡山市民が使用しています。

いつの時代にできた墓地なのかは定かではありませんが、明治期に行われた岡山市による市街地整備事業の中で、市の中心部にあった多くの墓塔類を移転する際、それらを同墓地へ持ってきたという記録が岡山市議会の議事録に残っています(東山墓地も同様です)。

しかし同墓地は「市営」という形態はとらず、使用者自身が共同で管理する、いわゆる「村墓地」と呼ばれる運営体制を維持しました。

市町村合併が行われ自治体が整備されていく過程で、様々な土地が民間管理か行政管理かの仕分けがはかられてきたわけですが、しかし半田山墓地のような特殊な管理運営が行われている公の施設等を「財産区」として扱うことにして、旧来の使用者の権限を守ってきたわけです。

しかしながら、ここ数年は半田山墓地の管理者が不在で、使用者による自治が完全に滞ってしまっています。壊れた墓参道を直そうにも、使用者皆さんの承認を得ることが不可能な(名簿さえない)状況であり、結局そのまま放置されるケースがほとんどです。さらには、もともと水捌けが悪いことや、近年多発する大雨の影響等で一部ではすでに崩落も発生しているほか、雨が降れば墓参道がプールのような水たまりとなり、その水が引くのにも数日を要するなど、困った状態となっています。特に最もやっかいなのは、同墓地中央を縦断するメインの墓参道が、コンクリート舗装が壊れガタガタ、かつ、雨が土を流しボコボコという有り様で、多くの方が使用される墓参道であるにも関わらず、その危険性は長らく放置されたまま、そして今後もその修繕の見込みはないという状況です。

このような状況をなんとかするために本来一番良いのは、使用者の皆さん自身が署名を集めるなどの意見集約を行い、それを市に対して要望していくことなのですが、しかし数千におよぶだろう墓地の所有者が全く把握できていない現状においてはそれも不可能です。

よって、この度、岡山市仏教会としてこのような動きを取る運びとなりました。

自治体や町内会、または特定の業者が管理しているなど、その管理責任の所在が明確な霊園は良いのですが、おそらく半田山墓地以外にも多くの墓地で同様の問題が潜在しているでしょうし、すでに発生しているところも少なくないと思います。その意味では、今回の岡山市仏教会の動きが半田山墓地の問題だけに限らず、広く波及してくれればいいなと考えています。

当山光研名誉住職が「権大僧正」に昇補賜りました。

本日(3/29)、総本山仁和寺門跡瀬川大秀大僧正猊下より、当山名誉住職が「権大僧正」の任を賜りました。

ひとえに三宝のおかげでございます。

名誉住職曰く、「これからは”道楽”に生きます。もちろん遊び惚けるということではありません。道とは即ち仏道。そしてそれを大いに楽しみたいという所存です。」

檀信徒皆様には、今後とも引き続きのお力添えを賜りますよう、よろしくお願いします。

寺子屋文化講座vol.23

3月5日、「長泉寺寺子屋文化講座vol.23」を開催し、就実学園の石田省三先生に室戸台風についてお話をいただきました。

当時の写真を数多くご紹介くださるとともに、室戸台風を後世に伝える「浸水深プレート」(岡山城や後楽園など、現在でも市内各所に点在)の調査記録を通じて、その被害状況はもとより、時間の経過による「風化」に対しての取り組みについて詳しくご説明いただきました。

ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。次回は5月の開催を予定しております。どうぞよろしくお願いします。

長泉寺寺子屋文化講座vol.22

2月13日、恒例の寺子屋文化講座の22回目を開催しました。

今回は、当山名誉住職宮本光研が講師をつとめ、「岡山は三軒目には帰庵かな」というタイトルで、「帰庵さん」こと松坂旭信大僧正についての講話を行いました。

岡山に多くの墨蹟を残された帰庵さんですが、その人物像についてはあまり知られておらず、その意味でとても貴重な機会となりました。会場からも、帰庵さんより直々に書の指導を受けた方から発言があるなど、そのお人柄に触れることができました。


節分 星まつり

2月3日節分の夜、当山では毎年恒例の節分「星まつり」を奉修いたしました。

除災招福を祈願する星供を修法し、併せて春を呼ぶ「釜鳴護摩」と厄除け豆まき。本堂は大変賑やかで、ご参拝の皆様からも笑顔がたくさんこぼれました。

また、当山節分星まつりの恒例でもある「獅子舞」を、備前太鼓唄普及会の皆様より奉納いただきました。

どうぞ皆様、健やかで豊かな春をお迎えください。